カーテンコール    彼女は、堅苦しい実家での生活から解放され自由を満喫していた。  社会に出て見識を深め、一個の人間としての自立を目指す。  厳格という言葉など生ぬるい時代錯誤な父母に育てられたにもかかわらず、まっとうに今どきの小娘として育ったと自負している彼女は、彼らの好きそうな言葉を熱心に繰り返して念願の一人暮らしを手に入れた。もちろん近場の大学では「通え」と言われてしまうので、適度に離れている場所を慎重に選び、相場より安い物件を探した。  大学で何を学ぶかは大した問題ではない。  学者として身を立てる、あるいは学閥がものをいう一部の国家公務員や医師ならばともかく、自身の積極性と能力資格がものをいう時勢である。受験参考書が教えてくれる大学案内には研究室や在籍教授の業績が書かれているわけでもないし、たとえその情報があったとして望みどおりの研究にありつけるわけでもない。無論、遊びほうけて四年間を無為に過ごすつもりもない。大学卒業を前後して両親が見合い攻勢に出るのは目に見えている、それを回避するためには、あのデボン紀夫婦でさえ納得できるような就職先を卒業までに見つける必要がある。  まあ、それでも四年間の猶予があるのだ。  桜が三分ほど咲いた大学前の並木を歩きながら、彼女はこれからのことを考えた。まずはアルバイトをはじめよう、それに自動車の免許は絶対に必要だ。贅沢はできないが、資格取得の勉強もしたい。 「とにかく、やってやってやりまくるわ」  前後の言葉を省略した呟きのため、近くにいた学生達がぎょっとして彼女を見る。振袖や袴姿が似合いそうな楚々とした美少女がひとりガッツポーズを決めているのだから、ちょっとした悪夢である。武道の類を修めているだろう無駄肉のない身体は見事の一言であり、少しばかり短めのキュロットよりのぞく美脚は芸術の域にまで達している。  そんな彼女なので、新入生歓迎を目的として勧誘活動を繰り広げていた各種サークルの団体は彼女に注目していたのだが、迂闊に声をかけられずにいた。彼女の方でも、今の自分にサークル活動で遊ぶ余裕などないと考えていたので、彼らの姿が視界にあっても存在自体を無視していた。路傍の石でさえまだ彼女の目に留まろうというものである。  学生アルバイトを募集する学生係の掲示板前で、彼女の足は止まった。  とても大学生には見えそうにない、ついでに言えば一見すると女性としか思えないような少年が、真剣な表情で募集の張り紙を眺めていた。 (きっと私とおなじ新入生よね)  入学式までには未だ数日の余裕があり、下見を兼ねて構内を訪れる新入生のほとんどはサークル勧誘に捕まったりコンパに誘われている。それがこの大学の校風なのか全国的な傾向なのかは知らないが、彼女としてはあまり賛同出来ないものだった。本人は奔放と考えていても、堅物に育てられた娘だけあって考えが真面目なのだ。  だからこそ彼女は、この少年に対して興味を抱いた。  おそらく自分と同じ新入生であるこの少年は、自分に近しい価値観や事情を背負ってこの場にいるのかもしれないと。 「キミ、なにかいいアルバイトとかありそう?」  失礼かもしれないと思いつつ、彼女は親しげに少年に声をかけた。  少年は、話しかけられたのが意外だったのだろう驚きを隠そうともせず慌てながら、それでもきちんと彼女に向き合った。 「小中学生相手の塾講師と、私立美術館のスタッフ募集かな」  どちらも、この大学の学生を指定して募集している。自転車があれば簡単に通える場所に仕事場があり、時給も悪くはない。彼女はアルバイトの内容と、それを見つけた少年の眼力に感心した。 「キミなら、どれを選ぶ」 「僕は」数秒の沈黙「美術館の手伝いだね、滅多に経験できないアルバイトだと思う」 「わたしも同感。性別を問わず募集人数が二名程度ってのが、特に気に入ったわ」  満足そうに頷くや、彼女は右手でバイト募集の張り紙を取り、左手で少年の手を握る。呆気にとられる少年の反応を待たずに彼女は学生係へと向かい、書類提出と一分にも満たない電話交渉の末に二人分の雇用契約をまとめてしまった。 「凄いね、君って。えーと」 「ミツキ」挑発的な、それでいて魅力的な笑顔だ「宮本ミツキ、文化人類学専攻一年生よ」  それで、キミは?  興味津々といった感じのミツキに見つめられ、逡巡の後に少年は口を開いた。 「僕は佐伯隆。教育学部の二年生です」 「へ」  ついでに言えば一浪してます。  恥ずかしそうな隆の言葉に、今度はミツキが呆気にとられるも。 (……な、なんでどきどきしてるのよっ)  それはまた別の話。