第十一話 これやこの  その男、安東直弘の衣服には異国の香りが染み付いていた。  服から漂うものだけではない。男が暮らしていただろう土地の風と水と食べ物が、体臭さえ異質なものに変えたのだろう。握手をした際に漂ってくる香りに、佐伯隆は理由もなくどきりとした。 「話は学園長から聞いている」 「はあ」  手を握り締めたまま、直弘は笑顔のまま言葉を続ける。心なしか握る手の力が増しているようだが、隆はとりあえず笑顔で返そうとした。 「娘と同居しているそうだね、二人きりで」  笑顔が固まった。  隆のそれは「どう説明すればいいものやら」という困惑であり、直弘のそれは「てめぇ俺の娘と同棲生活だとあいつはまだ十六歳になったばかりだぞ父親なめんなコラぶっころす」という殺意の現れである。 「事実だけを端的に説明するとその通りですが、世の中には経緯と原因と複雑に絡み合った人間模様を説明しないと見えてこない真実も多いって、僕の同級生は口癖のように言ってますよ」 「わたしが知りたいのは、自分の娘が見も知らぬ男と一つ屋根の下で何ヶ月も暮らしている上に、娘がその男に対してそれなりアプローチしていることで、ついでに言わせてもらえばわたしの娘は親の贔屓目を差し引いたとしても十分に可愛らしいし一緒に暮らしていれば劣情を抑えるなど並大抵のことではないと判断しているのだよ佐伯隆君」  握手している手を、ぐぎぎぎぎ、とこれでもかと強く握り締める直弘。 「学園長の手前、君を殴ったりはしない。しかし、これだけは答えてもらおう。わたしの娘をキズモノにした以上は、責任を取る意思はあるのだろうな」 「……確かにぶっこぬきジャーマンはやりすぎとは思いましたが、怪我しないように畳んだ布団の上に放り出したから怪我してませんけど」  沈黙が生じた。  直弘はいぶかしげに隆を見る。 「原爆固め?」 「ホールドはしてません」 「対面座位とか騎乗位とか後背位とか正上位とかではなくてか」 「不謹慎な熟語四種類は聞かなかったことにしますが、そういうのはやってません」 「可愛い女子高生しかも義理の妹が毎晩毎晩据え膳状態で誘っているのにか」 「おかげで兄として妹を説教する日々を過ごしています」  再び沈黙。 「どうして耐えられるのだ」 「……ガールフレンドが、とても怖いヒトなので」  視線をそらせ遠い目で力なく微笑む隆に、思わず涙する直弘と学園長だった。