奪われた石兵は左右に長い矛を抱え、左右から突撃してくる機甲兵を同時になぎ払う。  操者が替わるだけでこれほどの、と周囲が驚くほどの動きである。鈍重だった石兵の手足は熟練の兵法家のそれと化し、動きから無駄が消える。  矛の先が機甲兵を引っ掛け、石兵は矛先の質量を弾丸として陸船に叩き付ける。音速の半分程度の加速をつけて放たれたそれは砂塵を巻き上げ鎧牛を跳ね飛ばし、娼舘の壁を崩すようにして大きく揺らす。  致命打となっても不思議ではない一撃だったが、機甲兵の装甲はこれに耐えて装着者の命を守った。もっとも幾つかの太い骨を損傷したのだろう、生きているというだけで手足の関節はありえざる方向に曲がり、戦闘続行どころかまともに立ち上がることさえ不可能に見えた。  この戦闘力が石兵である。  否。  砂漠に立つ石兵の姿に変化が現れていた。削りだした石材は流動する粘液のように容積を変えながら、その形を有機的なものに転じている。石の骨格、石の内臓、石の筋肉そして皮膚。ぬっぺりとした人形は見る間に精緻な彫刻の巨人と化し、土と砂が巻きついて衣服や鎧となる。矛を握るのが精一杯だった三本指は優雅な五指となり、頭から癖の強い髪も生えている。  大地を踏み込む力は先刻の比ではない。  左右の矛も石兵の体躯と共に変化し、巨大な斧槍となる。周囲の風が渦を巻いているのは、石兵により増幅され滲み出る魔力が周辺環境に侵食を始めている証拠だ。 「――ティターン」  王宮と帝都を守護すべき最精鋭部隊の名を口にして、マチウスは事態の深刻さを改めて理解した。  VII ティターン  破裂音にも似た爆音は、思いのほか遠くの場所にまで届いていた。  大規模な遠征を可能にした全天候型の硬式飛行船を中核に据えた大部隊、概念こそ存在したが今期ようやく建造に至った「空母」として機能する陸船を中心とした艦隊を移動基地として編成された精鋭軍。帝都を出るまで掲げられた聖印は統べて外され、定時連絡を請け負っていた翼人は薬を盛って眠らせた。  聖地奪還。  調和を訴え発展していた筈のアポロジアの、建国以前にさかのぼる秘められていた願望である。巨獣という災害への対抗策として位置付けられたはずの巨人兵器に隠された機能は、巨獣よりも強く恐ろしい存在に打ち勝つために生み出されたものだ。 「ティターンが起動した」  観測櫓に立っていた男が双眼鏡を片手に報告する。地平線の向こう、練りこまれた魔力により立ち上がる砂煙が柱となって天に昇る様は、巨人兵器が隠されていた機能を発揮した時にのみ起こる現象である。 「エーテルの巫女を捕らえに行って、石兵を見つけたか」  筋骨隆々とした三十代の艦長が停戦を指示する。機動力を重視する飛行船は大型の機甲兵こそ積んでいるが、石兵は嵩張るため搭載を諦めている。また石兵をはじめとする巨人兵装の隠された機能ゆえに、その厳格なものとなっている。艦隊ごと離脱した彼らでさえ、持ち出せたのは僅かに三機。機能を発揮できる操縦者に至っては五名を引き込むのが精一杯だった。  巨人兵装の操縦者は体術と魔術の達人である。正確に言えば、魔術体術に優れた者の生存性を高め、その力を最大限に発揮するための兵装こそが巨人兵器の誕生理由である。攻撃力に特化したために使い手の生命を軽視していた人形兵器から一歩進んだ設計思想は、同時に彼らが仮想敵と想定するものの姿を浮き彫りにしている。 「ティターンを起動させねばならぬほどの敵か」  逡巡し僚船を見れば、撤収の旗が多くの帆柱に掲げられている。奪取できた石兵は貴重な戦力、そしてエーテルの巫女の存在は彼らにとって重要なものだが、ティターンを起動した者の真意は近付きつつある艦隊に対する警告にある。 「砂柱の近くに飛行船はないか」 「確認できません」  撃墜された、と艦長は判断した。他の船も同様だろう。他国では概念すら存在しない飛行船を撃墜できるだけの何かが、あの場所にいるのだ。そして石兵を奪った操縦者は、隠されていた機能であるティターンを起動させた。 「本艦は空母の撤退を援護しつつ殿を務める。停泊時間は50」  艦長の言葉に、船員たちが緊張した面持ちで応と叫ぶ。  石巨人、ティターンは斧槍をクロルに向けた。  硬式飛行船の残骸に降り立つクロルはランサーを担ぐように構えており、ティターンの動きに感心していた。 「ああ、なるほど」  変型前で十倍、今の姿では十五倍の差はある巨体を見上げるクロルに緊張の色はない。刃にエネルギーを乗せた斬撃は対象がなんであれ絶対的な破壊をもたらす、たとえティターンであってもだ。クロルが踏み込まないのは武器の間合いよりもティターンの技量に感心してこそである。 『なるほどアポロジアの隠し玉やな』  ベリアルも感心している。 『こら、あの性悪女が旦那を派遣するわけや』 「王妃の悪口は許さんぞ」 『へーへー、ほなどうしましょ』  わざとらしい動きでクロルの背後に着地したベリアルの言葉はどこか楽しそうだ。クロルはベリアルの背にある少女と、こちらに降下しつつあるマチウスたちを一瞥し、抱えていたランサーを地面に突き立てた。 「ベリアル、獣騎神形態」  凛。  空間が軋むほどの魔力が生まれる。ベリアルの姿が黄金色の光の粒子に包まれ、その一つひとつが吸い込まれていく度にベリアルの身体は膨らみ、角が伸び翼が生え、ティターンに匹敵するほど巨大な竜に変化する。身体を構成するのは光が魔力により半物質化したものであり、体表を覆うのは鱗ではなく輝ける甲冑だった。変化は文字通り一瞬であり、衝くべき隙はない。間に立って塞がるクロルが神速の居抜きでランサーを打てばティターンも無事ではすまないと理解している。 「全力を尽くす貴君に、礼をもって応えよう」  凛。  クロルの声が周囲に響く。竜形態のベリアルの身体が再度変化する。積み木細工を動かすように、竜だったものが甲冑を身につけた巨大なる騎士の姿に。肩装甲に刻まれるのは五角四角三角を組み合わせた紋章で、それを掲げる国をマチウスは知っていた。 「エーテル連合王国が東方騎、クロル・ニトリスだ」  凛。  言うや地面より引き抜いたランサーが空を隔てたはずのティターンを両断する。見ればベリアルもまた同様に虚空より生み出した巨大なランサーを、クロルと同じ速度で繰り出しており、斬撃の衝撃波は地平線の向こうにまで到達した。