地響きと共に石兵が膝をつく。  飛行船より降り立つ船員たちが、その様子を見て歓声を上げる。攻城戦において石兵は恐怖の代名詞であり、石兵を十機揃えた軍に攻め込まれればこれを退ける砦は存在しないと考える軍人もいるほどだ。  そして石兵の力は平原における合戦でも、兵器としての評価はさして変わらない。やや鈍重であるという欠陥も、運用次第である。新興国であるアポロジアが外部からの干渉を退け領土拡大に成功したのは、この石兵に代表される巨人兵器の製作技術が事実上アポロジアで独占されており、製造された石兵が厳密に管理されているからだ。  その石兵を倒したのだ。湧き上がる歓声には意味がある。  飛行船より何条もの鋼線が拘束策となって絡みつき、よじのぼった船員が石兵の背面装甲に鉄の棒を押し込み、こじ開ける。  短い爆発音と共に、装甲は思いのほか簡単に外れる。間髪を入れずに他の船員たちが、こじ開けられた石兵の内部に槍を突き立てた。何本も、何十本もの槍が、何度も何度も上下した。それはアポロジアの正規軍が対石兵に編み出した戦法で、彼らはよく訓練された動きで忠実にそれを実行した。  石兵の中からは悲鳴も絶叫も聞こえることはなかった。  VI ランサー  乱戦である。  石兵を倒した巨大機甲兵は、拘束を逃れた陸船に向けて歩みを始める。鎧牛の牽引力は強いが、船員の矢より逃れるまでには時間がかかる。放たれる火矢が数本、陸船の娼館に突き刺さり板材を燃やすが、それらは直ぐに取り外されて地面に落ちる。  陸船を守る小型の機甲兵は長い矛を振り回し、歩兵たる船員の接近を防いで入る。それでも石兵が倒された事に強く衝撃を受け、矛の動きがぎこちないものになり、少しずつ後退を始めている。  石兵より槍が引き抜かれた直後、飛行船より兵士がひとり内部に飛び込んだ。数秒の沈黙の後に巨体が動き出す。その一部始終を視界の端に捉えつつも、マチウスと呼ばれた奴隷商の女は前進を選んだ。  彼らの目的は、ベリアルにまたがる少女である。石兵にそうしたように、彼らは先ずはベリアルを潰して逃走手段を奪うべく武器を投擲しようとした。  滑空するマチウスの速度は弓矢にも等しいが、それでも彼女はまだ遅かった。投擲された武器は非情にもベリアルを襲い、 『はいな残念賞』  直後、可能な限り敵をひきつけたベリアルが、頭部の半分以上を占めるほど大きな口を開いた。  鰐のように大きく開かれた顎、喉の奥より勢いよく吐き出されるのは燐を含む熱風の吐息である。巻き上げられた砂塵が、あろう事か蒸発し爆発した。尋常ならざる熱量を察知し身体をひねるようにして避けようとした船員たちだが、爆発は周囲の砂塵をも連鎖的に反応させ、爆風と熱量を増大させる。  馬の歩みにして十あまり、その距離を過ぎる頃には吐息は灼熱を伴う閃光となり、迫る船員すべてを飲み込んだ。 「虐殺の長槍か!」  爆風を足元の盾で受けて上空に飛び、マチウスが驚愕の声を上げる。文献の中だけでしか知らぬ古代の兵器だが、類似するものを他に知らない。 『へえ、こいつを御存知とは姐さん博識やなあ』 「キサマ歯車王国の遺産か!」 『惜しい』  同じ目線にベリアルが現れ、人間のようにウィンクしてみせた。上空数十メートル、石兵が跳躍しようが矛を振り回そうが届かない高さ、飛行船よりも上である。 『これ参加賞』  首を器用に後ろに向け、甘噛みするように引っ張り出したのは、意識を失った小柄な女である。身体各所に衝撃吸収用の綿入れを巻き付けており、肩にアポロジアの聖印を縫い付けていた。 「准尉!」  石兵の操者だった。一人背負うことにより浮力を維持できなくなったのか、爆風の収まった荒野にマチウスはゆっくりと降下する。ベリアルの生み出した爆発を恐れてか船員たちが押し寄せることはなく、その代わり兵力は陸船に向かって 『うちの旦那から、お近づきの印にって』 「あのボケ男、生きてたのか」 「生きているともさ」  面倒くさそうに答えるクロルが飛行船の甲板にいる。その手には長剣を二つ組み合わせたランサーと呼ばれる武器が握られており、侵入者に気付いた乗組員が甲板によじ登るのを見届けた後、刃を一閃した。  凛、という硬く澄んだ音と共に刃は青い光を帯び、光輝は飛行船に無数の格子縞を描く。その一つひとつが剣筋なのだとマチウスが理解するよりも早く、浮力の源たる竜骨ごと切断された飛行船は太巻き寿司のように輪切りとなって地面に落ちた。