『みなも』  あるとき、一人の男がこんなことを言い出したそうだ。 「私は水の上を歩いてみせる」  街の人は男の言葉に耳を疑った。  そんなことが出来るはずがないと笑うものも少なくなかった。男は憤慨し、ならばやってやろうと街の人を集めた。 「見るがいい」  街外れの運河に男は足を踏み出した。  そして。  あっさりと沈み、浮かんでこなかった。男はカナヅチだったのだ。  街の人は大いに慌て、男を救おうとした。が大きな船が通る運河は、何の準備もなく人が潜れるような深さではない。水面に浮き出る空気の泡は、どんどん小さくなっていく。  そこに旅人がやってきた。旅人は白と黒の石剣を腰に差した若者で、青ざめた人々を見てこう言った。 「どうかしましたか?」  場違いなほど朗らかであっさりとした問いに激昂する者もいたが、それでも多くの人は運河を指し、馬鹿が一人沈んだのだと教えてくれた。  すると旅人は、 「それは大変だ」  と、旅人は運河の水面に飛び降りた。そこが板張りの床でもあるかのように、すたすたと水面を歩いた旅人は男の吐き出す空気の泡を見つけ、即座に大きく踏み込んだ。  水面をである。  踏み込めば水面は粘土細工のように一気に沈み、旅人の前方に巨大な水柱が生じる。水柱に腕を突っ込んだ旅人はそこより男を引っ張り出し、岸に放り投げた。  しばらくして男は意識を取り戻した。  たくさんの水を飲んでいた男は今更ながらに恐怖に震え、己の思い込みを恥じた。 「ああ、私は何と愚かなのだろう。人が水面を歩くことなど出来るわけがないのに!」  街の人々は、男に何も言ってやれなかったという。  気がつくと旅人の姿はどこにもなかった。  果たしてあれは水神の使いだったのかと人々は噂し、以後数ヶ月間、運河に飛び込む者が後を絶たず、この地は愚か者の街と呼ばれるようになる。