『神の敵』  あるとき、光り輝ける神アポロダインに仕えしものたちがこんなことを考えた。 「我らに仇なす者はなんだろう」 「やはりセップ島に住むという恐るべき獣だろうか」  しかし、その獣がなんであるのか彼らは知らなかった。仕方がなかったので彼らは旅人を招き、どんなものかと尋ねることにした。旅人はしばし考え、こう答えた。 「たとえば羊ですかね、噂では金色に光ってるそうです」  旅人は塩の入った珈琲をすすり、そう言った。しかし羊という生き物を見たことのない使徒たちは首を傾げる。 「羊とはなんだね?」 「……山羊みたいなものですかねえ」  その地に住まう家畜など眺めて旅人は唸った。神の使徒は慄きつつ紙に山羊の姿を描きこんでみたが、しっくりとこない。 「あと、それを率いる奴が凄いそうです。噂では竜を蹴倒すとも」  使徒たちは愕然とした。一介の羊飼いが竜を蹴り倒すことなどできるはずもない、それこそ神の敵に他ならないと騒ぎ出す。 「それで、奴は男なのか女なのか?」 「男とも女とも」  旅人が定かではないのですといえば、彼らは男の身体に山羊の頭と足を書き加えてみた。しばし考えた後、男の胴体に女の豊かな乳房を描き加えることで解決を試みる。 「でも噂では竜の力も宿しているそうですから」 「竜の力!」  彼らは、更に竜の翼を書き込んでみた。そうして出来上がった「神の敵」は実に禍々しい存在で、神の使徒たちは自らが描いたものを見て震え上がった。 「……これが、神の敵」 「神の敵かは知らないけど、碧国の王女様をたぶらかしたとも言われているしね」 「ぬう、まさに邪淫の証!」  使徒達は怒りに拳を震わせ、旅人は「それでは」と立ち上がりその場を去ろうとする。使徒達は、貴重な情報を聞けたと喜び謝礼を支払い、白黒二本の石剣を腰帯に差した旅人に幸あれと祈った。  旅人が立ち去ってしばし。  神の使徒達は、この忌むべき敵に名前がないことに気がついた。 「さて、どうしたものか」 「我らの神を信仰せず、名声を得ているものこそ神の敵であろう」 「なるほど」  かくして。  神を脅かす悪魔王ニケロスがこの世に誕生したという。 「ねえ、このニケロスって悪魔。本当にいるのかしら?」  赤い髪の半妖娘は、宿屋に廻ってきた手配書を眺めつつそんなことを呟いた。ニコラス・ハワドはコメントを避けつつ塩入珈琲をすするのだった。