おさななじみ3  双葉の前に三人の男が立っていた。  いずれも彼女と同じ学校の、ブレザーの制服姿の男子生徒である。担任のピザ山と違って均整のとれた身体をしているのは、彼らが適切な運動で鍛えているからだろう。 「えーと」  とりあえず見覚えのある顔だったので、名前を思い出そうとする。  たしか左から壺井、雨蔵、都辺。 「……おお、元カレの皆さん」 「壺井と雨蔵は同級生なんだが、本気で忘れてただろ」 「いやあ面目ない」  ちっとも悪びれた様子もなく答えた双葉は、ようやくここが放課後の教室で、彼ら以外に誰もいない事実に気がついた。  ごくり。  知らず緊張で喉が渇く。 「れ、レイプっすか」 「違うわい」  即答だった。確かに双葉は美人の部類に入るが、壺井達はそういう真似をする男ではなかった。 「大体、襲うならとっくに剥いてるわ。おまえ終業式のHRからこっち爆睡じゃねえか」  同級生の壺井が指摘すれば、雨蔵もうんうんと肯く。言われて双葉は腕を組みつつ首を傾げ 「あ、そういや明日にーちゃんと映画の約束をして興奮のあまり寝れなかったのよ」  と手を叩いた。 「お前は遠足前の小学生か」 「むう、やっぱり夜にオ○ニーすれば早く寝つけたかな」 「女学生がそんな単語を口にするんじゃあない!」  泣きそうな顔の都辺、その肩を無念そうに叩く壺井と雨蔵。これでも学内でそれなりに人気のある男子で、双葉と付き合い出した頃は美男美女の組み合わせだわと周囲を悔しがらせたものである。もっとも双葉が彼らと交際していた時間は非常に短く、そもそも交際の始まりも壺井たちの告白によるものだった。  論外。  いや違う。  人間的な魅力という点では、今でも双葉に対して魅力を感じているのだ。それを恋愛感情と錯覚していたのだと理解して、壺井達は交際を辞めた。喧嘩別れもしていないし、気軽に馬鹿話も出来る。 「みんなも、にーちゃんみたいなことを言うね」 「当たり前だ」 「それで、元カレ三人組が雁首並べてなに? 復讐? 恨み晴らす? 暗黒メールで釣り宣言? あたしの痴態をメールで全国中継っすか?」 「……虹浦おまえ見るTV番組を少しはおとなしいのにしたらどうだ」 「いやあ、あたしがみんなにやったこと考えたらそれくらいされても不思議じゃないし」  あははは、と笑う。  笑えるような話ではないが。 「む、そういえば音楽の授業で使ったアルトリコーダーならあるよ」 「あってどうするんだよ」 「あたしの場合、にーちゃんの部屋にあったリコーダーをですね。今までに幾度か拝借して」 「生々しい証言するな」 「汁と粘膜だよう、生じゃないよう」 「学校にいるうちは理性を働かせんかい」  すぱぱぱこーんと、スリッパが容赦なく双葉の頭頂部に炸裂する。三人分。 「――理性も働かん程にただれた日々をおくっとるのか」 「予定では」 「予定?」 「うむ。予定では乳を揉ませた当日に夜這いを兼ねて既成事実を重ねて、月末の危険日までまっしぐらにレッツら受精&受胎で夏休み明けにはビバ!マタニティ学園という計画を」 「立てるな」「マタニティ学園ってなんだよ」 「……それが何の因果か、叔父様叔母様が気を利かせて旅行とかで家を空けてくれているのに、肝心のにーちゃんは警察で再会した元同級生のピザ山とクラス会の幹事を任されちゃったり、あたしが半殺しにしたスクーター強盗の残党に勘違いして襲われそうになって近所のカレー屋のせがれが残党ぶっとばすのに巻き込まれて一緒にぶっとんだり、愛妻弁当を職場に届けに行った翌日からにーちゃん謎の超残業であたしが起きてる時間に帰ってこないわで」  話途中で気がついた。  壺井達が目頭をハンカチで押さえて泣いている。双葉の惚気話に出てくる「にーちゃん」の哀れな境遇に、同情の涙が溢れてくるのだ。 「おかげで、まだちゅーもしていないのだ」  えっへんと胸を張る双葉に、男達の涙腺は決壊した。  後日。 「にーちゃん、元カレたちからにーちゃんに贈り物だって」 「……苦労してたんだな」  包み紙の中から根性と書かれたハチマキを見つけた俊明は、双葉に聞こえぬほど小さな声で呟いて、無邪気にテレビの前ではしゃぐ双葉の背中を一瞥すると深く深く息を吐いた。