セップ島のいやらしい話より「解毒にまつわるエトセトラ」  あるとき盗賊娘のエリザベスは、極彩色の謎めいたキノコを口にして昏倒した。  遺跡探索に自信はあっても、山野草の知識はそれほどでもなかったのか。  いや、仮に知識が不足していたとしても、片手に余る数の原色で構成された複雑怪奇な模様のキノコを手にして喰おうなど考える阿呆はいない。  普通ならば。  探索者としてのリズは、まあ普通である。能力は一級。鑑識眼はやや劣るが、どれほど危険な場所からでも生還することが仕事の信用となる業界である。毒虫毒草の類は魔法使いが優先的に分類を行い、図鑑写本が販売される程度には需要が存在する。ちなみに、この極彩色キノコは図鑑写本には記載されていない。 「ああああっ、いけないわエリザベスっ!」  とてもわざとらしい悲鳴を上げて、魔法使いの女が駆け寄った。背後では、長身の剣士と重装備の戦士が退路を塞ぐようにヨセフの肩を掴んでいる。 「何があったのだ、サマンサ」「学のない俺たちにも説明してくれ」  芝居がかった口調で、剣士と戦士が魔法使いに説明を求める。サマンサと呼ばれた魔法使いは大仰に両腕を振り回し、倒れたエリザベスを解放すべく抱き上げた。 「彼女が口にしたのはセイシュンノアマズッパイフカコウリョクタケと呼ばれる未発見の毒キノコで、未知の催淫成分が連鎖的淫乱反応を起こしてしまうんです。具体的に言うと物憂げな音楽を背景に心を震わせるような愛の告白の後に情熱的かつマニアックな性的交渉に臨まないと、超時空連結回路がスパークしてしまうんです」  胡散臭そうで無駄に長い内容を、よどみなく説明するサマンサ。 「未発見なのに、どうしてそんなに詳し」 「あと3分以内に行為に及ばないと、エリザベスの全身にヨゴレヒロイン酸テオクレウムが蓄積して」 「そんな愉快な物質がい」 「あああっ、ちなみに私達は数時間前に超古代文明の罠にかかってしまい性交渉すると全身に殺人蘚苔類が増殖する奇病に冒されていますので、エリザベスの治療ができるのはヨセフひとりです」「頼んだぞヨセフ」「まかせた」  説明口調かつ芝居がかった仕草で、三名は走り去る。  そこは井戸が枯れて破棄された乾燥地帯の都市だったが、破棄されたのは十年前だし、超古代の文明が何かを施した形跡はない。しかしヨセフが抗議する前に三名はお邪魔虫はここで退散するので後は若い人たち同士でごゆっくりとでも言わんばかりに消えていた。 「あのー。リズ?」 「ううーん、えっちしてくれないと死ぬー」  悶えているのか苦しんでいるのか判断に困る声色で、リズはヨセフの手を握った。とても熱い。 「というか、えっちしてくれないと死んでやるー」 「そんなにえっちしたいんですか」 「目的と手段を履き違えるくらいには情熱的に欲している雌という生命の悲しい本能を理解してくれると嬉しい。ボク、普段はこんなこと恥ずかしくて言えないし」  毒キノコを食べて昏倒しているはずなのに手際よく廃墟の床に毛布を敷き、床をバンバンと叩いてジェスチャーで「脱げ、脱いでしまえ。脱がなきゃボクが脱がせるむしろ脱がせてください」と訴えかけるエリザベス。  ヨセフはしばし考え、背負っていた漆黒の長剣を引き抜いた。鬼蓮花の紋章が刻まれた長剣は瞬時にして夜森の主たる異形の貴婦人と化し、貴婦人は優雅に会釈するとこう言った。 『御婦人を悦ばせるなら、お任せください』 「……具体的には」 『悶えるような愛の告白から、耳目以外の孔という孔が持つ悦びを完全覚醒させる特殊なプレイまで』  部下も総動員してみっちりと。  夜森の主が力説する頃には、下着を半分脱いでヨセフを挑発していたエリザベスもすっかり我に帰って逃 『触手もばっちりです』 「いやあああああっ、ほんとに生えてるぅうううううっ!」  絶叫と共に起き上がり、逃げ去ろうとするエリザベス。  貴婦人はスカートを優雅にたくし上げると、地を滑るようにしてリズを追いかけ。  最初は怒号。  次に、哀願。  悲鳴、混乱と続き、すすり泣く声と共に喘ぎ声が廃墟の都市に響き渡る。狂宴は一昼夜続き、友人としてヨセフはその間、耳を押さえて何も聴かなかったことにした。