セップ島のいやらしい話より「おねいさんだいすきですヵ」  あるところに、ニコラスという羊飼いの少年がいた。  羊飼いというからには羊を飼うのが生業で、ニコラスは羊を飼うのに一生懸命だった。どれくらい一生懸命かというと、食欲旺盛な妹の魔手から羊を守るために必殺の体術を学ぶほど、生真面目なところがあった。  そんなニコラスには、ひとりの姉がいた。  姉とはいってもニコラスとはなんら血のつながりもなく、ニコラスの養父よりも年上の、白き竜の娘だった。 『まあ、君の養母とは浅からぬ因縁で』  といいながら、竜の娘はニコラスの姉として振舞った。  姉らしいことといえば、妹をしつけるために必殺の体術を授けたくらいではあったが。  そんな竜の娘ベアトリスは、義理の弟にこう言った。 『いいですか、ニコラス』  草原で鍛錬に勤しむニコラスの横で、ベアトリスはひどく真面目に呟いた。 『君は気付いていないけど、君がこの先結ばれるかもしれない娘さんには重要な使命が課せられている』 「しめい、ですか」 『そう。今は滅んだ種が、再び蘇るかどうか。彼女の果たすべき使命は魔女の呪いを断ち切る意味があり、彼女にはきちんと子作りして欲しいのだ』 「はあ」  義姉の話す事はさっぱりわからないものの、尊敬する女性が大真面目に話しているのだから、ニコラスは緊張して聞いていた。 『彼女が子作りできるかどうかは、ニコラスの技巧にかかっている』 「ぎこう?」 『技巧。具体的に言うと、生娘でも何度も何度も達して「ひぎぃ」とか甘い悲鳴を上げるような、そういう技術。床上手な未亡人は演技で殿方のプライドを守ることもできるが、戦場で血を流し宮廷で権謀術数に明け暮れやさぐれていた彼女にそこまでの経験など期待出来ない。下手すると全く経験せずに今まで生きていた可能性も高い』  演説するように、まくしたてるベアトリス。ここが劇場ならば観客は総立ちで拍手したに違いない、熱弁だった。 『いいですか、ニコラス。子孫を残すのは高いリスクを伴う行為なのです。男女が身体を交える悦びというのは、妥協の産物であってはいけません。出すだけで満足できる雄と違い、女という生き物はそれだけでは決して満足できません。もちろん演技で相手の誇りを傷つけぬよう振舞うのも可能ですが、ニコラスはそういうのに対して勘が鋭そうなので結果として深く傷つくことでしょう。  つまり』 「つまり?」 『鍛えるのみです。相手が文句をつけられぬような技術を身につけましょう』  そうして羊飼いの少年は、義理の姉ベアトリスに言われるまま特訓を開始した。  べたべたしていると言っては殴られ、  ゆるいと言っては蹴られ、  反射的に揉みしだくようにしゃぶりつけば甘えるなと投げられ、  動きが鈍れば引っ掻かれ、  手数が足りなければ罵られ、  三日三晩では到底足りず、七日七晩かけてもまだ足りず。  十日目の朝に至ってようやく竜の娘ベアトリスは『ひぎぃ』と甘い悲鳴を上げて気絶した。  目が覚めて起き上がったニコラス少年の前には、久方ぶりに見る義理の母がいた。 『あなたにはそういうのまだ早いから、記憶を封じておきました』  何があったのかさっぱり思い出せないニコラスは、素直にはいと頷いた。視界の片隅ではベアトリスが金鉄の鎖に縛られていたが、さっぱり思い出せないニコラスには、義姉が熱い視線を己に向けている理由が分かる筈もなかったのである。 『わたしのせいですか、わたしが原因ですかあー!』 『ごちそうさまでした』  後年。  血がつながらずとも仲の良い竜の姉妹は、安酒場の片隅で凄絶な戦いを始めた。数刻前までは幼少期の思い出話に盛り上がっていたとは、消滅した安酒場のウェイトレスの証言である。  めでたし、めでたし。