『いのる娘』    あるとき小さな街が襲われた。  恐ろしい化け物が街を蹂躙し、たくさんの人が傷つき建物が崩れた。人々は恐怖し、しかし徒党を組んで現れた化け物たちは狡猾で、街の八方をふさいで誰も逃げられないようにしてから街を襲った。  悲鳴が街中に響く。  そんな中で、ひとりの娘が祈りをささげた。彼女は敬虔な神の信徒であり、こういう時にこそ神に祈り奇跡を待つのだと普段から教えられていた。ちなみに彼女の師父たる神官は一人が化け物に襲われ、一人が逃げ出し、一人がどこかに隠れていた。  そんな中で、娘は祈りをささげていた。 「神様、私はあなたの慈悲を信じております。正義を司るあなた様が、私達を決してお見捨てにならないことを知っております」  人と鎧牛を掛け合わせたような巨大な化け物が眼前に迫ってさえ、娘は神への祈りをやめようとしなかった。 「たとえこの身が化け物に食われようと、私の魂は神の御許に旅立ち永遠の生を得るのです!」 「それじゃ駄目だろ」  一陣の風が街を吹きぬけた。  漆黒の風だった。  馬と河馬を掛け合わせたような、化け物の大きな頭部がごとりと落ちて土に触れる前に塵と化して消える。街中で暴れていた化け物たちもまた同じ運命を迎えたようだった。  自分達が助かったと理解した街の人々は、娘の隣に現れた若者の姿に気がついた。旅人にしては軽装の青年は、漆黒の大小剣を両手に持ち、今もひたすらに神に祈り続けている娘を困った顔で見ていた。 「神よ、やはりあなたは偉大です。街の危機に剣を持つ御使いを遣わされたのですから」 「そんなものに呼ばれて来たわけじゃないんだけど」  駆けつけてきた村人を前に、若者は簡単な説明をした。山ひとつ向こうの谷で有毒な蒸気が突如噴出したこと、多くの山鬼が住処を失い人里近くまで降りてきたこと、この街を含めて幾つかの集落が既に襲われていたこと、若者が郡領主の依頼により山鬼たちを追いかけ、この街に現れたこと。  街の人々は襲ってきた化け物が山鬼と呼ばれるものだと初めて知り感心するが、祈っていた娘はこれに反論した。 「いいえ、あれこそは第七世界より飛来した高密度情報生命が我ら第三世界の物質生命と不完全な形で融合することで誕生した邪悪なる神敵の眷属に違いありません」 「じゃあ神敵と戦った俺はなんなのさ」 「決まってます」狂信寸前の笑みを浮かべ娘は力説した「輝かしきハルコネスの頂に住まう水晶宮の神戦士、二十五度の転生の果てに神真流聖剣を手に神々の敵を打ち滅ぼすために各地を旅している方に間違いありません」  娘の目は輝いていた。  若者は娘の言葉に「そ、そうか」とうろたえつつ短く答え、その足で街を出た。娘はますます神への祈りに時間を割き、明くる年に乗り込んでいた盗賊に刺し貫かれて絶命した。  彼女が望む神の御許にたどり着けたのか、それを知るものはいない。