『つまらんはなし、あるいは何かの後日談』  あるところにエリザベスという娘がいた。娘は忍びの技をもって生業とし、その軽業を活かした体術を駆使して遺跡探索や傭兵などをして暮らしていたが、あるとき厄介な恋煩いに罹ってしまった。  相手はすっとぼけた旅人の青年で、生意気にも剣と魔法に長けていた。エリザベスは最初こそ彼の生き方が許せず反発を繰り返していたが、気付いてみれば彼女は青年のことが好きで好きでたまらなくなっていた。 「それは多分、思春期の娘さんが誰しも陥る病にも似て」  エリザベスを良く知る楽師はバンジョーをかき鳴らしながら、彼女の恋を応援した。しかしながら、すっとぼけた旅人は、彼の師にあたる妖精の小娘と共に旅をしていた。  強敵であった。  すっとぼけた青年の寝床に潜り込もうとすれば、青年ではなく小娘がいてエリザベスの脳天にかかと落としを喰らわせた。  手料理を食べさせようと挑戦してみれば、得体の知れない新生命が誕生した。  連戦連敗。 「それはそれは」  酒場の片隅で、妖精の小娘はうんうんと頷いた。 「恋しい男と添い遂げられないとは悲しい話だな」 「あんたが邪魔してるからでしょーが、あんたがっ」  テーブルに突っ伏すエリザベスが、恨めしそうに妖精の小娘を睨む。小娘は彼女の視線など気づかず、心外そうな顔を見せた。 「邪魔などした覚えがない」 「あんたみたいに永遠にお肌の曲がり角が来ない女が四六時中あいつの傍にいたら、声もかけられないのよっ!」  ちなみにあいつ呼ばわりされた青年は酒場にはいない。 「誤解をしているようだが」  小娘は度数の高い酒をあおり、しかしまったく酔った様子もなく言葉を続ける。 「わたしは奴の師でしかないぞ」 「傍から見ればカップルなのよっ」 「そう言われても、普通の師弟関係だし」 「だったら別個に恋人とか用意しなさいよ!」  間が空いた。  妖精の小娘はしばし考え、それから思い出したように手を叩く。 「そういえば、お前には話していなかったか」 「なにをよ」 「わたしには亭主がいるのだ」  空気が凍りついた。エリザベスは己の脳が知覚した音声の意味を理解しきれず、間抜けな顔で小娘を見た。 「……え」 「だから随分前に結婚しているし夫は健在だし、その事は奴も知っている。奴と夫は何度も会ってるし、仲もいい」 「うそ」 「信じるも信じないもお前の自由だ」 「……ちなみにどのような御相手で」  おそるおそる尋ねるエリザベスに、妖精の小娘は姿絵を一枚見せた。  鼻血を噴くエリザベス。 「こ、こ、ここ、これ犯罪っ!」 「なに、大した問題ではない」  いそいそと姿絵を隠す小娘、鼻血を噴くエリザベス。 「ところで」  思い出したように小娘は空になったジョッキを逆さにして呟いた。 「半刻ほど前に、うちの弟子が幼馴染を自称する領主の娘に拉致されていったのだが」 「ぬおおおおおおおおっ」  脊椎反射的にエリザベスは酒場を飛び出し、小娘は酒の追加を通りかかったウェイトレスに頼んだ。