『影使い』  あるところに影使いの少年が住んでいた。  幻燈を前に手を動かせば、布張りの舞台に幾つもの動物や人が現れ、静穏の劇が始まる。王子と村娘の悲恋、勇敢なる羊飼いの冒険、小さな魔女の愉快な話。白と黒だけが存在する影画なのに、舞台に感動し通い詰める客が後を絶たなかった。  やがて噂を聞きつけた賢者達は、影絵の細工を解き明かそうと少年を招いた。 「どうせ下らない仕掛けなのだろう」  賢者の一人がからかい半分で少年を嘲笑った。賢者達は、誰がいち早く影絵のトリックを解くのか賭けをしていたのだ。  賢者たちは、とても公の場では言えないような汚い言葉で少年の人格を否定し、賢者たちが持つ権力と魔法の力で少年を脅した。 「目の前で影絵を作って見せろ」  少年は静かな笑みを浮かべ、指を鳴らした。  すると近くの壁に人の姿が幾つも現れた、姿形は少年を呼び出した賢者達に瓜二つだ。賢者達は明かりとなるランプを動かしたり自分の立ち位置を変えるが、壁に映る影は全く動かない。賢者達は驚き、少年の様子を見た。少年は魔法の杖も持たず、霊石の類も身につけていない。ましてまじない言葉を全く発していなかったので、賢者達は不気味に思った。  少年は再び指を鳴らした。  壁に、大きな蛇が現れた。竜の眷属と呼んでも差し支えないような大蛇だ。蛇は手近な人影の一つに近寄ると、恐ろしいほどの速さで飲み込んだ。もがく人影の生々しさに賢者達が不快を覚え、そして仲間の一人が姿を消しているのに気がついた。  蛇はなおも人影を喰らう、その度に賢者達は一人ずつ姿を消していく。賢者は慌て、影使いの少年を殺そうとした。しかし魔法の杖を振るう前に賢者全員が蛇に飲み込まれ、その場から消えてしまった。  少年は誰もいない客席に一礼をし、そのまま舞台を下りる。後の行方を知る者はいないが、賢者が消えた舞台では今でも人もいないのに奇妙な拍手が聞こえるという。